銀座の歴史|銀座なび

 
 

銀座発祥

 
■1974年(昭和49年)ごろの銀座通り  -「銀座発祥の地」碑-
写真提供:中央区立京橋図書館
 
■現在の銀座通り -「銀座発祥の地」碑-
 
 
「銀座」という言葉は、現在では東京都中央区の銀座や各地の商店街の名前として使用されていますが、もともとは江戸時代の貨幣鋳造所であった金座(きんざ)、銀座(ぎんざ)、銭座(せんざ)のうちの銀座という名称が由来とされています。

1612年(慶長17年)、駿河国駿府(静岡県静岡市)から銀貨鋳造所としての銀座を江戸に移しました。日本橋金座の近くの「本両替町」に対し、銀座役所の周りを「新両替町」と名付けたとされますが、「銀座」があったところから銀座町とも呼ばれました。1800年(寛政12年)に銀貨鋳造で不正があり、銀座は現在の人形町(当時の蛎殻町)に3500坪の地を与えられて移転しました。これにより新両替町一丁目~四丁目には、俗称としての銀座の名が残り1869年(明治2年)になって正式町名の銀座一丁目~四丁目となりました。
 
 
 

銀ぶら

 
■大正時代の銀座
写真提供:中央区立京橋図書館
 
銀ぶら(ぎんぶら)は、大正時代からの俗語で、東京の銀座の街をぶらぶら歩くこと。「銀座をぶらぶら歩く」「銀座をぶらつく」などの「銀」と「ぶら」を短縮した言葉と言われております。

また異説では、著名作家らが「銀座のコーヒー店・カフェーパウリスタでブラジルコーヒーを飲むこと」の意味で先に使われていたという説もあります。ただし、1990年代末頃から新聞記事などに見られるようになった言葉のようで、いくつかの資料を探しても、そのいずれにも「銀ぶら」が「銀座でブラジルコーヒーを飲むこと」という記述は見当たりません。現状では、「銀座でブラジルコーヒー」説は、民間語源説のひとつと捉えるのが妥当のようです。

そして、現在では、ゆかたや和装で真夏の銀座にお越しいただいた方々に、和のおもてなしの数々で涼をとっていただくイベントとして「ゆかたで銀ぶら」を毎年実施しています。歩行者天国が開催されて以来、歩行者天国開催の記念と、銀座に来訪された方々に楽しく夏の一日を過ごしていただこうという趣旨で続けられているようですが、夏の風物詩でもあるゆかたで「銀ぶら」するのは風情があって良いかもしれません。
 
 
 
 

歩行者天国

 
■1972年(昭和47年)ごろの銀座通り  -歩行者天国-
写真提供:中央区立京橋図書館
 
歩行者天国は1960年代から70年代にかけて、ニューヨーク五番街の一部で始まったとされています。日本で大規模な歩行者天国が開催されるようになったのは、1969年北海道旭川市にはじまり1970年(昭和45年)8月2日(日曜日)、都心の銀座、新宿、池袋、浅草の4地区などで東京で初めて大規模な歩行者天国がスタートし、現在に至ります。

日本では高度経済成長時代の当時、自動車の急増による事故の急増(いわゆる交通戦争)や排ガスや騒音といった交通公害の一時的な防止になり、環境問題への配慮により、道路交通を車優先から歩行者中心の交通への転換を求められ、これをきっかけとしてスタートしたのが始まりとされています。

また、歩行者天国は道路全体を歩行者用道路とすることから、近隣の商業地への人の流れを生み、観光客や買い物客の増加に繋がっています。

隣接するカフェでゆっくり休むのもいいですが、歩行者天国のベンチでショッピングの合間に休憩をとるのもお勧めです。


<実施時間(※2017年5月15日時点)>
●夏期    (4月~9月)    
土 12:00~18:00
日・祝    12:00~18:00

●冬季    (10月~3月)    
土 12:00~17:00
日・祝    12:00~17:00

<実施場所>
銀座通り 銀座通り口交差点から銀座8丁目交差点までの間(約1,100メートル)